遺書〜5年前の俺へ〜(1)

【衝撃的な出会い】

俺は都内の工業大学卒業後、
マンションディベロッパーに設計職にて就職。

新宿の営業所に配属されるも
横浜の本社に一年たたずに転勤。

その後また一年経たないうちに
新宿に戻される。

このあたりから会社勤めの
不信感を感じ始める。

 

その後子会社の建設会社(ゼネコン)の設計職に出向したが
また一年経たずに経理部門へ異動。

ISO事務局や各現場の請求処理を担当。
また一年経たずに現場へ異動。

 

人事異動による会社への不信感がMAXになり
退職し秋田の田舎へUターン。

 

貯金や退職金で資格取得や旅行をして人生の経験値を貯める。

 

 

その際に取得した資格を元にハローワークにマッチングを頼むと
すぐに地元企業へ面接へ。

戸建住宅の施工管理の仕事に就く。

人事評価は営業成績のみしか評価されず。

 

施工管理による人事考課は全くなし。

元来人見知りであったため営業をいきなりやったところで箸にも棒にもかからず。

 

営業目標をクリア出来なければボーナスは無いという徹底した体制について行けずに退職。

知人の勤める会社が人手不足の為に来ないかと誘われ再度上京。

まずはアルバイトで大工手元をやっていたが
社長に見込まれ半年で正社員に。

 

その後施工管理を任され、仕事振りに惚れ込まれ半年で責任者へ。
だが責任者とは言え所詮は中間管理職。
人間の板挟みとなり精神を病む。

 

責任者は不適切ということで一年程度で解任。

施工管理の仕事にも不適切ということで
新規事業のエアコンメンテナンスの事業を任されるもまた全くの御門違いの営業職。

全く振るわず一年程度で解雇。

 

貯金と退職金、マンション転売で利益が出たのでしばらくまた人生の見直し期間。

パソコン教室に通ってMOSの資格を取得。

 

そこの校長が当時のネットビジネスの状況をセミナーで教えてくれた。

与沢さん、七星さんの存在は衝撃的だった・・・

~つづく~

 

 

 

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